インド北部、ヒマラヤ山脈の高地に位置する地域
ラダック。
今では日本とラダックをつなぐ活動に関わるようになった私ですが、最初の出会いは驚くほど「偶然」でした。
▶︎ 日程に合ったから選んだ場所
2014年、当時の仕事の夏季休暇に合わせて海外スタディツアーを探していました。
特別な目的があったわけではありません。
インドネシアでも、アフリカでも、どこでもよかった。
ただ「休暇日程に合うツアー」を探していたんです。
そして偶然選んだ行き先が、ラダックでした。
正直に言うと、当時はラダックについてほとんど何も知りませんでした。
▶︎ 「インドは危ない」という先入観
初めて訪れたのは2014年8月。
周囲からは
「インドは危ないよ」
と何度も言われていました。
そのため、かなり身構えて現地へ向かったのを覚えています。
でも実際に到着して感じたのは、意外な感情でした。
「あれ…?全然危なくない」
拍子抜けするほど平和だったんです。
▶︎ 標高3,500mの町との出会い
ラダックの中心都市であるレー は、標高約3,500m。
空港に降り立った瞬間、
「とんでもない場所に来てしまった」
という感覚がありました。
空気は薄く、空は驚くほど近い。
山々は鋭く、荒々しく、まるで別の惑星のよう。
けれど、この土地で私を待っていたのは、過酷さよりも人の温かさでした。
▶︎ 家族のように迎えてくれた人々
ラダックで出会った人々は、初対面の私を家族のように迎えてくれました。
食事に誘われ、家に招かれ、
何気ない日常を一緒に過ごす。
観光客としてではなく、「人」として受け入れてもらえた感覚がありした。
そして日本に帰国してからも、ラダックを通じて出会った人たちとのつながりは続いていきます。
気づけば、日本でもラダックをきっかけに出会った人たちが、家族のような存在になっていました。
▶︎ 私がラダックに関わり続ける理由
「なぜラダックに関わり続けているのですか?」
そう聞かれることがあります。
理由はとてもシンプルです。
人とのご縁。それに尽きます。
偶然訪れた土地で出会った人々とのつながりが、私の人生の一部になっていきました。
その後、東京にあるNPO法人の活動にも関わらせていただき、日本国内でイベントの企画やラダック文化を紹介する活動をたくさん行いました。
すべては、あの偶然の旅から始まりました。
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